俺たちのモラトリアム

今日は夜九時くらいまで大学の教室で所属してる創作サークルの部誌の編集を手伝っていた。といってもなにかできるわけでもなくいちいちこうしたらいいんじゃないとか口出ししていただけなんですが。

それから僕達は自転車に乗って、夜の京都の緩やかな坂を下って四条烏丸のキンコーズに行った。実は部室と家を往復する以外でこの時間に自転車に乗るというのはめったにないことなのである。まだぎりぎり涼しい夜風を受けながら、なんかスタンド・バイ・ミーみたい(?)でいい気分だな、と思った。

というのも、Twitterでは小出しにして愚痴っていたんだけれど、ちょっと入ったゼミの課題がいきなり重くて辟易しているのだ。普通に碌な自由時間を全部潰しても一月かかってしまう、とかそんな勢い。好きなことが出来ない、というのはつらい。それは単純に気晴らしができないと言うだけじゃなくて、わりと自己肯定感がなくて人恋しい僕がなんか人との会話に入れなくなるような気がして、というのもある。

そんなこともあって、今回の印刷に参加できたのはよかった。やっぱり同人の作業をやっているときが一番楽しい。それに今回の印刷はわりと役に立てたのではないか、とも思う。うぬぼれかもしれないけれど、久しぶりにあぁ、なんか自分ってなんか出来るんだなあ、という気分になった。

ミスプリを出さずにトントン拍子で印刷を終えて、十時を少し回った頃に僕達はキンコーズを出て、鴨川の河川敷をゆっくり帰っていった。途中で変速機が壊れて一番重い状態のままだった。

そして僕達は蛍を見た。

僕が蛍を最後に見たのは、多分小学生くらいのときで、岡山の足守というところにホタルがすごく生息しているところがあるということで、夕方くらいに突然行くかと父親が言って、すごく遠いところなのに車を出した。後部座席で横になっていたらすっかり夜になっていて、起き上がると車の窓からもう緑色に森が染まっているのを見た。その時のことはあまり思い出せないけれど、とにかく僕が緑系統の色を好きになったのはあれ以来のことであると断言できる、と思う。でも中学に入り、課題に追われるようになると蛍のことなどすっかり忘れてしまった。

そういうことを思い出したのも、突然僕達3人のうち一人がおもむろに自転車を停め、「蛍だ」と言ったからだった。鴨川右岸、二条と丸太町の間を流れるみそそぎ川というすごく小さな浅い川があるのだけれど、なるほど蛍が生息していそうな水辺だった。そんなふうに思っていると、ぼうっとあの緑色の光が明滅を始めた。京都というそこそこ賑やかな場所なのもあって、もちろん足守ほど綺羅びやかなものではなかったけれど、あの街灯もない、街の中に突然現れたような暗闇の中で光る緑色を、僕達はずっと見ていた。ちょうど空には満月にほど近い丸い月に雲がかかっていて、なんだか突然和歌でも詠んでしまいそうな空気に満ちていた。

あのとき、僕達は、少なくとも僕は今までで一番強く青春というようなものを感じた。小沢健二が言っていたように、この瞬間がいつまでも続くような気がしたし、実際「いつまでも見ていられると思った頃合いが帰るタイミングだよね」という話をしながら、適度に名残惜しくない位で僕達はその場を切り上げた。明日からはまた苦しい日々が続くんだろうけれど、まあ暫くは頑張れるんだろうか。